エンスト


♪道に倒れて誰かの名を呼び続けたことがありますか♪

頭に中島みゆきの『わかれうた』のフレーズが

繰り返しが流れていました。

もうこれ以上は歩けない

そう思って

相生橋の欄干のところで横になりました。

会社を半日休暇で帰りジムへ行こうとしたが臨時休業で

急に予定がなくなったので突然力が抜けたのでした。

 

他人が聞いたら

元気だからジムに行き

しんどかったら家で寝ていればいいのにと

思うところでしょうが

この変調は予測がつかないし

10分か15分で治まります。

因みに別の日に出直したら頭痛に見舞われ

夜中に救急車を呼ぶことになってしまいました。

これは家で毎朝トレーニングをしている程度で

十分なのだと断念しました。

 

 

性同一性障害FtMで55歳。

今のままではこれ以上生きていけないし

今更生き方を変えようがないので

切迫感があります。

 

昨日はLGBT相談室に電話をかけました。

心療内科産業カウンセラー障碍者支援センター、男女共同参画など

専門家に毎月面談をしてもらっていますが

それだけでは全く不足なのです。

ふれあいホットラインにもお世話になっています。

 

私の全容を把握しサポートしてくれているのが

パートナーだけでは困った状況なのです。

自分の言葉で自分の事を話せないというのが

大きな障害です。

幼少期から性別の違和感を無視して駆け抜けた結果で

一般社会を普通に暮らしているように見えるし

問題なく会話をしているように見えるから

手の打ちようがないのです。

 

今日は大雨だけれど何をしても手につかず

ずいぶん前に購入したものの

なかなか読み進めなかった

養老孟司『ものがわかるということ』祥伝社

を手に取って飛ばし読みをしました。

大筋自分も言いたいことは同じなのだけど・・・。

思いながら

何が引っかかって読めなくなるのか付箋をつけて

メモに書いてみることにしました。

 

何度も引っかかるのが他者の心を理解するという章

以下に抜粋します。

***************************************ヒトは脳が大きくなって、動物とは違う能力をもつようになりました。意識というはたらきです。意識はたぶん動物でももっていますが、ヒトの意識は「同じ」と「違う」を理解できます。意識は脳の中で発生する能力と思われるので、その脳に入ってくる「入力は知覚あるいは感覚と呼ばれます。感覚は世界の違いを捉えますが、ヒトの意識はそこから「同じ」を創り出します。「同じ」という能力は、ヒトの意識の特徴と言っていいと思います。そのことは『遺言』(新潮新書)の中で詳しく説明しておきました。「同じ」という能力は交換を生み、お金を生み、相手の立場を考えるという能力を生み出します。

人間は「同じ」も「違い」もわかる。でも、猿はたぶん「違い」しかわかりません。その違いはいつ頃生まれるのか?

アメリカの科学者が、自分の子どもが生まれたとき、同じ頃に生まれたチンパンジーの子を見つけてきて一緒に育てました。

ほぼ同時期に生まれたその子どもとチンパンジーの発育を比較したところ、生後三年までは、なんとチンパンジーの能力のほうが上でした。特に運動能力は優っています。

ところが四歳から五歳になると、人の発育が急に進みます。チンパンジーは身体は発育するのですが、知能はそれ以上発達しないのです。

おそらく三歳から五歳の間に、人とチンパンジーを分ける何かが起こるのでしょう。

それを確かめた実験もあります。

参加するのは三歳児と五歳児。舞台に箱Aと箱Bを用意します。

そこにお姉さんが登場します。箱Aに人形を入れ、箱にふたをして舞台から去ります。次に、お母さんが現れます。箱Aに入っている人形を取り出し、箱Bに移します。そして箱Bにふたをして立ち去ります。

再びお姉さんが舞台に現れます。

そこで、舞台を見ていた三歳児と五歳児に、研究者が質問します。

「お姉さんが開けるのは、どちらの箱?」

三歳児は「箱B」と答えます。自分はお母さんが人形を移したことを知っているため、お姉さんも箱Bを開けると考えてしまいます。

一方、五歳児は「箱A」と答えます。なぜならお姉さんは、お母さんが人形を移したのを見ていないからです。もちろんこちらが正解です。

三歳児と五歳児は、なぜ違った答えをしたのでしょう?

五歳児は「自分がお姉さんの立場だったら」と考えました。お姉さんと自分を交換して考えられるのです。

三歳児には「お姉さんの立場に立つ」ということができません。「人形は箱Bに入っている」ということを自分が知っているように、お姉さんも知っていると思ってしまうのです。

 

この他者の心を理解するというはたらきを「心の理論」と呼びます。発達心理学で「心を読む」と表現しますが、私は「交換する」と考えます。必ずしも心を読む必要はなく、「相手の立場だったら」と自分が考えればいいのです。

この、自分と相手を交換するというはたらきも人間だけのものです。

***************************************

何がひっかかるのか?

 

心療内科で得意なことが日常生活でマイナス面をカバーできたらそれは障害にはならないと言われ「あなた心が読めるでしょ?」と言われました。

確かに読めるとか読めないとかより

すぐに自分を相手と置き換えて理解しようとする癖はあります。

*三歳児には「お姉さんの立場に立つ」ということができません。「人形は箱Bに入っている」ということを自分が知っているように、お姉さんも知っていると思ってしまうのです。*

上記の抜粋のように三歳児の自分が知っているように相手も知っていると思って

しまう

この実験はあくまでチンパンジーと人間の知能の発達の違いなのですが

この言葉がというよりこの文面が

自分にある傾向だと思いました。

 

自分が知っていることはみんなも知っていると。

 

三歳児から大人になれない!!

このことを誰かに伝えないと先に進めなかったのです。

 

得意が障害をカバーしているけど三歳児のままということです。

 

三歳から五歳の段階で自分が男か女か性別を男だと思っているけど

女として生きていたので

自分を置き換えることのできる対象が男女問わず広い範囲になりすぎていることも

大変大きな障害になっています。

 

 

代数がわからないの章

筆者は数学の家庭教師のアルバイトをたくさんしていて

数学が何の役に立つのかわからないから数学の問題を考えている自分が

何をやっているのかわからないというお話です。

2a-a=2は間違いとされます。2×aを2aと書く約束なんだよということを

覚える。

 

そこで思い出したのが

 

数学を習い始めた中学1年のころ

養老先生が言われているような「数学が何の役に立つのかわからない」という

同級生の声はたくさん聞こえてきましたが

私は算数より数学の方が楽しいなと思っていたし

とくに証明問題が得意だったことを思い出しました。

なぜ数学をしなくなったのか?

 

数学はたくさんのルールを覚えなくてはならないことがわかってきましたが

自分は性別に違和感があって

もっと勉強しないといけないことがあったのです。

男だと内心思っているので

女の子として扱われていてもそこに自分は存在していません。

でも大人になるには女子として役割を果たさなければならない切迫感

がありコミュニケーションをとり

情報交換をするために

女子と仲良くしておく必要がありました。

 

女の子はひとりひとり自分のルールをもっていて

自分のルールに寄り添ってくれる人と得になる人と仲良くなる傾向があります。

合わないところは物で折り合いをつけているので

お金がないと友だち関係は上手くいかないものなのです。

どこにお金をかけるかも仲良しのポイントかもしれません。

 

私の場合は性別に違和感があるし物に興味がないので

女の子に寄り添おうと自分を無くして努力していました。

生きるために

たくさんの女の子のルールを知ることになり

勉強どころではなくなったことを思い出しました。

当初は女子の誰にも寄り添えないから

不良グループに入りかけたこともありました。

暴走族に入っていた友人が私にも入ってくれるようにと

誘ってきたのですが

彼女を説き伏せ脱退させることに成功しました。

いくら居場所がなくても

グレる動機が彼女とは根本的に違っていたのです。

彼女は勉強がわからないとか

家庭環境で悩みがあったのかもしれません。

私は性別の違和感があって

自分を持てなかった。

 

今日はここまでにしておきます。

拝読いただきありがとうございました。